毎年1月、ジムに新規会員が殺到する。しかし研究が示すのは、40日後には多くの人が脱落しているという現実です。そして実はこれ、英語学習の現場でも全く同じ構造で起きています。意志が弱いのでも才能がないのでもない。脱落には構造的な原因がある。なぜ続けられないのか、その本質と習慣化の閾値である66日を乗り越えるための5つのアプローチを考えます。
毎年1月、ジムに何が起きているか
新年が明けると、ジムは一年で最も賑わう場所のひとつになる。「今年こそ痩せる」「体を鍛える」という決意を胸に、新規会員が押し寄せる。実際、データによると1月のジム入会数は年間で最も高く、通常月比で12%増になるという。
しかしこの光景には、毎年繰り返される「続き」がある。
複数の研究が追跡データをもとに分析したところ、新年から約40日後の2月上旬に「脱落のピーク」が訪れることが明らかになった。ジムへの訪問数は1月をピークに減り始め、その流れが毎年ほぼ同じ時期に繰り返される。
さらに長期的に見ると、8週間後には新規入会者の約8割がすでにほぼ行かなくなっており、6ヶ月以内に半数以上が退会またはほぼ幽霊会員化する。1月に意気揚々と入会した人たちの大半は、夏が来る前にジムをやめている。
これは意志が弱い人の話ではない。データが示すのは、これが「ほぼ全員に起きる構造的な現象」だということだ。
ジムをやめる本当の理由
「お金がかかるから」
「時間がないから」
ジムをやめた理由を聞くと、こうした答えが返ってくることもあるだろう。確かに費用と時間は全ての研究で上位に挙がる要因だ。しかしそれだけが原因なら、安いジムや近所のジムに移れば解決するはずだ。実際にはそうならない。
研究が明らかにしたより根本的な問題は、動機の「種類」にある。
複数の追跡研究が一貫して示しているのは、「痩せたい」「見た目を良くしたい」「体重を落としたい」という動機、いわゆる外的動機(extrinsic motivation)で始めた人ほど、脱落リスクが高いという事実だ。これらの動機の問題は、目標が遠すぎること、あるいは達成したとたんに動機が消えることにある。3ヶ月通っても体重が思うように落ちなければ、「やっぱり自分には無理だ」という結論に至る。逆に少し体重が落ちれば、「もういいか」となる。外的動機は本質的に不安定だ。
一方、「運動が楽しい」「新しい動きを覚えるのが面白い」「体を動かした後の気分が好き」という内発的動機(intrinsic motivation)を持つ人は、1年後も継続している割合が有意に高いことが研究で示されている。楽しいからやる、というシンプルな動機は、外から与えられた目標よりはるかに強い。
もうひとつ、研究が強調するのが社会的孤立の問題だ。一人でトレーニングマシンに向かい、イヤホンをして黙々とこなす。これが最もやめやすいパターンだ。複数のメタ分析が、グループでの運動は個人での運動よりも継続率が大幅に高いことを示している。特に「グループダイナミクス」が働く、つまり仲間意識や所属感が生まれるグループでは、継続率が大幅に上昇するというデータもある。人は、誰かと繋がっているときに続けられる。
さらに見落とされがちな要因が、初期の負荷設定だ。ある研究では、脱落した人の約3分の2が「運動の強度を段階的に上げていく移行期」に脱落していた。つまり、やる気があって始めたのに、最初から負荷をかけすぎたために体がついていけず、あるいは心理的にしんどくなって、習慣になる前にやめてしまう。始め方が急すぎるのだ。
そして行動科学のある研究では、習慣が定着するまでに平均66日かかるとされている。ジムの脱落ピークである40日はこの閾値に達していない。つまり多くの人は、習慣として定着する手前でやめている。もう少し続ければ「やらないと気持ち悪い」という状態になれたはずなのに、その手前で力尽きている。
これ、英語学習の話ではないか
ここで少し立ち止まって考えてほしい。
上で述べたジムの脱落パターン(外的動機、孤独な学習、急すぎる負荷、習慣化前の脱落)は、英語学習の現場で毎日起きていることと、驚くほど一致している。
「いつかは英語を話せるようになりたい」「IELTSで7.0をとりたい」。これらは典型的な外的動機だ。目標のスコアや期限があり、それに向けて勉強を始める。しかし、なんど試験を受けてもスコアが伸びない、勉強しているのに実力がついている気がしない、という状態が続くと、モチベーションは急速に低下する。ジムで3ヶ月通っても体重が変わらなかった人と、全く同じ心理状態だ。
一人で単語帳を開き、一人で公式問題集を開き、一人でエッセイを書く。これもジムで孤独にトレッドミルを走るのと構造が同じだ。誰かに見られているわけでも、誰かと競っているわけでも、誰かに必要とされているわけでもない。それでも続けられる人は、相当な自己管理能力を持つ少数派だ。
負荷の問題も同じだ。「本気でやるなら高いレベルを目指そう」という思い込みから、自分のレベルより遥かに難しいレベルに目標を設定して自分を追い込む人は多い。最初の数日は気合いで乗り越えるが、同じスコアが続くうちに「自分には才能がない」という誤った結論に達し、問題集を閉じる。
そして66日の壁。英語学習でも、習慣として定着する前に多くの人がやめる。「3日坊主」という言葉が日本語にも存在するが、このような現象がいかに普遍的かを示している。
なぜ「やる気」は当てにならないのか
多くの人が英語学習を始めるとき、最初は強いやる気がある。しかしやる気というものは、感情の一種だ。感情は波がある。疲れている日、忙しい日、気分が乗らない日には、やる気は消える。
問題は、やる気があるときに始めた習慣は、やる気がなくなったときに続けられないという点だ。ジムでも英語学習でも、長期的に続けている人たちは「やる気があるから続けている」わけではない。「やらないと落ち着かない」という状態になっているか、あるいは「続けるための仕組みが外側にある」かのどちらかだ。
行動科学では、これを「動機に頼らない行動設計」と呼ぶらしい。意志の力や感情ではなく、環境や仕組みによって行動を維持する考え方だ。ジムの脱落防止研究が有効だと示した介入のほとんどは、やる気を高めることではなく、やめにくい状況を作ることに焦点を当てている。
続けるための5つの方法
では具体的に何をすれば続くのか。ジムの継続研究と英語学習の知見を合わせると、以下の5つのアプローチが有効だとわかる。
1. 動機を「内側」に向け直す
まず自分に問いかけてほしい。「なぜIELTSを勉強しているのか」の答えが、スコア向上だけで構成されているなら、それは危険信号だ。
内発的動機を育てるには、英語を「目標達成の手段」ではなく「それ自体を楽しむもの」に変える必要がある。エッセイのアイデアを考える楽しみを知る、リーディングで得られた知識を興味深く感じる、スピーキングで学んだイディオムに感動する。学習の中に「楽しい」という体験を意図的に組み込む。テクニックやパターンを追い求め、毎回スコアばかりを意識し続けるより、楽しみながら英語に触れ続けた人の方が、長期的にはスコアは伸びる。2. 仲間を作る、コミュニティに入る
一人でやらない、というのは継続における最も有効な戦略のひとつだ。
一緒にIELTSを勉強する仲間を見つける、Xで勉強内容を投稿して交流する、コミュニティに参加する。誰かと繋がることで、「この人たちもいろいろあるはずだ」「きっと今日の投稿を期待してくれているはずだ」という外部からのプレッシャーが生まれる。これはネガティブな意味ではなく、行動を維持するための自然な社会的メカニズムだ。
研究では、グループで学ぶことが、個人学習と比べて継続率を大幅に高めることが示されている。英語学習においても、誰かと一緒に勉強をするだけで、継続の動機が生まれる。
プラスワンポイントでも、かつてはグループレッスンを標準として推奨していた。近年は生活スタイルの多様化やプライバシー志向の高まりを受け、プライベートレッスンを希望する人が増えた。それでもライティングサミット、スピーキングサミットといったハイエンドのクラスでは、あえて少人数グループのスタイルを維持し続けている。理由はここに書いてきた通りだ。仲間がいることで、人は続けられる。3. 最初の負荷を下げる
「本気でやるなら難しいことをやるべきだ」という思い込みを捨てる。
研究が示すように、脱落の多くは負荷の上げ方が急すぎる移行期に起きる。英語学習でも同じで、最初から自分のレベルより遥かに難しい教材に取り組むと、成功体験が得られる前に挫折する。
理想は、少し頑張れば理解できる、というレベルから始めることだ。「簡単すぎる」と感じるくらいでいい。毎日10分、確実にできることを積み重ねる方が、週に一度3時間気合いで勉強するよりはるかに続く。継続すること自体が目的の初期段階では、内容の難易度より習慣の形成を優先する。4. 進捗をスコア以外で可視化する
人は進歩を感じられないとやめる。しかし英語の上達は直線的ではなく、しばらく停滞してから突然伸びる、という非線形の過程をたどることが多い。停滞期に「伸びていない」と感じて挫折する人が多いが、実際には地力が積み上がっている時期であることが多い。
この停滞感を乗り越えるために有効なのが、進捗の可視化だ。テストのスコアだけでなく、「今週読んだ英語記事の数」「スピーキング練習をした回数」「新しく覚えた表現の数」など、努力そのものを記録する。結果が出ていない時期でも、「自分はこれだけやっている」という事実が継続の支えになる。
目標設定と自己モニタリングは、運動継続の研究でも有効性が確認されている数少ない介入のひとつだ。記録をつけるという単純な行為が、行動を維持する力を持っている。5. 「やめていい日のルール」を作る
完璧主義は継続の敵だ。「昨日できなかったから、もうダメだ」という思考パターンが、一度の失敗を完全な脱落につなげる。
有効なのは、あらかじめ「やめていい日」を設定しておくことだ。週7日やると決めるより、週5日やると決めた方が長続きする。2日休んでも「予定通り」だから罪悪感がない。そして罪悪感がなければ、再開が簡単だ。
ジムの研究でも、「一度脱落した人の38%は12ヶ月以内に戻ってくる」というデータがある。やめることが失敗の確定ではなく、一時的な中断に過ぎないと捉えられるかどうかが、長期的な継続を左右する。
66日間、乗り越えた先にあるもの
習慣が定着するまでの平均66日。これはあくまで平均であり、人によって異なる。しかし確かなのは、何らかの閾値を超えると、運動も英語学習も「やらないと気持ち悪い」という状態に変わるということだ。その状態になれば、もはややる気の問題ではなくなる。
ジムの脱落が構造的な問題であるように、英語学習の脱落も構造的な問題だ。意志が弱いのでも、才能がないのでもない。動機の種類が間違っていたか、仕組みが整っていなかったか、負荷の上げ方が急すぎたか。そのどれかだ。
裏を返せば、構造を変えれば続けられる。66日間を乗り越えるための仕組みを、今日から意図的に設計してほしい。
続けられなかったのは、意志が弱かったからではないと、今はわかる。仕組みがなかっただけだ。英語学習も、きっと同じだ。
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この記事を書いた人
Hibiki Takahashi
日本語で学ぶIELTS対策専門スクール 『PlusOnePoint(プラスワンポイント)』創設者・代表。『英語ライティングの鬼100則』(明日香出版社)著者。1997年に大阪大学医学部を卒業後、麻酔科専門医として活躍。2012年渡豪時に自身が苦労をした経験から、日本人を対象に IELTS対策のサービスを複数展開。難しい文法・語彙を駆使するのではなく、シンプルな表現とアイデアで論理性・明瞭性のあるライティングを指導している。これまでの利用者は4,500名を超え、Twitterで実施した「12週間チャレンジ」では、わずか4週間で7.0、7週間で7.5など、参加者4名全員が短期間でライティングスコア7.0以上を達成(うち2名は7.5を達成)。「IELTSライティングの鬼」の異名を持つ。オーストラリア在住14年、IELTS 8.5(ライティング 8.0)、CEFR C2。
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