オーストラリアでは、日本のように大学ごとの学力試験で入学者を決める形が一般的ではありません。大学受験で必要だからという理由を書いても、採点者には通じないのではないか。ライティング・タスク2のアイデアを考えていると、こうした不安が出てくることがあります。
結論から言えば、西洋の価値観に合わせて自分の主張を変える必要はありません。ただ、日本では説明の要らない前提をそのまま省くと、主張と根拠のつながりが読み手から見えなくなります。大学受験、残業、賃貸と持ち家という3つの例をたどりながら、どこに手を入れればよいのかを決めていきます。
目次
西洋の価値観に合わせないと評価が下がるのか
大学受験がない国では「受験があるから」は根拠にならないのか
売上が厳しいのは従業員の責任か、経営者の責任か
賃貸は家賃が上がるという前提は、どこでも同じか
合わせるものと、合わせなくてよいものはどう分かれるか
前提が違うときはどう書けばよいか
よくある質問
まとめ
01 西洋の価値観に合わせないと評価が下がるのか
意見の中身が英語圏の常識に合っているかどうかを見る採点の観点は、IELTS公式の Writing Task 2 Band Descriptors にありません。示されているのは Task Response・Coherence and Cohesion・Lexical Resource・Grammatical Range and Accuracy の4つで、このうち内容にかかわるのは Task Response です。ここで見られているのは、設問に答えているか、立場が最後まで一貫しているか、そして主張が展開され裏づけられているかという点で、その立場が読み手の社会で多数派かどうかは含まれていません。
それでも不安が消えないのはなぜでしょうか。日本国内で同じ話をするなら省略できる一文が、省略されたまま英語になると、主張と根拠の間が飛んで見えるからです。次の2文を比べてみましょう。
✗
Students should not spend time volunteering, because entrance examinations are more important.受験がなぜそこまで重いのかが書かれていないので、読み手には理由が残らない
○
In Japan, students who apply through the general entrance examinations sit tests concentrated in a few months, so many of them reduce activities outside the classroom in their final year.どこの話で、何がどう決まるのかを示しているので、同じ制度を知らない読み手にも筋が追える
直っているのは主張の中身ではなく、その主張が寄りかかっている事実の示し方です。ボランティアより受験を優先するという立場は、後者でもそのまま残っています。ここから先では、この一文をどこに、どういう形で足すのかを、3つの例で確かめていきます。
02 大学受験がない国では「受験があるから」は根拠にならないのか
過去に出題されたタスクには、大学入学をめぐる競争を扱ったものがあります。
タスク例
Nowadays, there is more and more competition for getting into university. Is this a positive or negative development?
大学に入るための競争が以前より激しくなっている。これは望ましい変化か、望ましくない変化か。
このタスクは、競争が何によって起きているのかを指定していません。選抜がどういう形で行われているのかは、書き手が説明できる部分として空いています。
まず事実を確かめておくと、選抜が行われていないわけではありません。オーストラリアの場合、クイーンズランド州の入学選考機関である QTAC は、ATAR を州の12年生の集団の中でのその生徒の位置を示す順位だと説明しており、0.00から99.95までの範囲で表されます。算出に使われるのは最終学年にあたるユニット3・4の科目の成績で、科目ごとの結果を科目間で比較できるように調整したうえで、条件を満たす上位5科目ぶんが使われます(2026年9月時点)。材料は学校での学習と州の評価です。
地域
選抜のおもな材料
受験する側から見た負荷のかかり方
日本
大学入学共通テストと、大学ごとに実施される入学試験
一般選抜では最終学年の終盤に集中する。総合型選抜や学校推薦型選抜は秋から始まる
オーストラリア(クイーンズランド州)
最終学年の科目の成績のうち上位5科目から算出される ATAR
最終学年を通して分散する
つまり、大学受験がある国とない国に分かれているのではありません。選抜がどこに集中しているかが違うということです。この違いが分かっていれば、日本の受験を根拠にすること自体は問題になりません。
書き方はどう変わるか
手を入れるのは、範囲を示す語を足す部分と、比較の相手を1文で置く部分の2か所です。
✗
Students have no time for sports because they must prepare for entrance examinations.どこの学生の話なのかが示されておらず、世界中の学生の状況として読める
○
In Japan, where the general entrance route depends on examinations held within a few months, many students give up sports in their final year. Where entry is based on results collected over a longer period, this pressure is spread more evenly.日本の状況を範囲を限って示し、そうでない場合にも触れているので、競争の激しさが何によって決まるのかまで議論が進む
後者は語数こそ増えていますが、増えた部分は無駄な説明ではありません。選抜の形が変われば競争のかかり方も変わるという比較が入ったことで、positive か negative かを判断する材料が1つ増えています。Task Response で見られている展開と裏づけは、こういう形で作られます。
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タスク検索
ライティング・タスク2のタスクをテーマや問題タイプで検索できます。教育や仕事をテーマにしたタスクで、自分の前提がどこに出るかを確かめてみましょう。
03 売上が厳しいのは従業員の責任か、経営者の責任か
ここまでは制度の違いでしたが、価値観そのものが分かれる論点もあります。売上が伸びていないときに誰が動くべきなのかという問題が、その代表です。次のタスクは、売った量や作った量で賃金を決めるという形で、この分かれ目に触れています。結果を個人の賃金に結びつけるという発想が、成果の責任を誰に置くかという問題と地続きだからです。
タスク例
Some people believe that paying workers according to what they sell or produce is the best way to motivate them to work harder. To what extent do you agree or disagree?
売った量や作った量に応じて賃金を払うことが、従業員をより熱心に働かせる最善の方法だという意見がある。どの程度賛成か、反対か。
日本の職場では、売上が厳しいときに従業員の側がもっと努力するという反応が、説明を要しない前提として共有されている場面があります。一方、経営や組織を論じる議論では、売上をどれだけ上げられるかは目標の立て方、価格、商品、人員の配置といった経営判断に左右されるので、その結果に責任を負うのは経営者や管理職だという見方がよく出てきます。
争点になっているのは、どちらが事実として誤っているかという点ではありません。責任をどこに置くかという判断が分かれているだけで、努力や経営判断が実際にどれだけ売上を動かすかは、職種や市場の状況によって変わります。そして、この種の論点でエッセイが弱くなるのは、片方の見方を常識として置いたまま先に進むときです。
✗
When sales fall, employees naturally have to work harder.naturally で当然のことだと処理しているため、そう考えない読み手には理由が何も残らない
○
When sales fall, many companies ask their sales staff to work longer hours, assuming that individual effort can change the outcome. This assumption, however, ignores the fact that pricing and product decisions are made by managers.誰がどう考えて何をするのかを書いたうえで、反対側の見方を受けている
後者は、従業員の努力を重んじる職場で見られる反応を否定していません。その反応がどんな想定の上に成り立っているのかを言葉にし、そこに反論が成り立つことまで示しています。歩合給に賛成する立場でも反対する立場でも、この2文はそのまま使えます。
価値観が割れる論点では、自分と違う見方が存在することを1文で受けておくと、議論が一方通行になりません。これは英語圏の考え方に合わせているのではなく、想定される反論に先に触れておくという書き方の問題です。
04 賃貸は家賃が上がるという前提は、どこでも同じか
3つ目は、前提にしている事実そのものが地域によって違う例です。住まいを借りるか買うかという議論では、賃貸の弱点として、住み続けるかぎり家賃が上がっていくという点が挙げられることがあります。借金や住宅ローンの是非を問う次のタスクで住宅ローンを例に取るなら、この前提を点検しておきたいところです。
タスク例
It has become very common for people to borrow money. Many people have a credit card, a mortgage, and a car bought on credit. Some people think this is a sensible way to live, while others believe it is too risky. Discuss both views and give your own opinion.
お金を借りることは非常に一般的になった。クレジットカード、住宅ローン、ローンで買った車を持つ人は多い。これを分別のある生き方だと考える人もいれば、危険すぎると考える人もいる。両方の見方を論じ、自分の意見を述べなさい。
住宅ローンを組んで家を買うことに賛成する側の理由として、家賃の上昇を避けられるという説明はよく使われます。ところが日本では、住み続けていれば契約の更新のたびに家賃が上がっていく、という形にはなりにくいところがあります。増額そのものが禁じられているわけではなく、法律上の要件が置かれているためです。借地借家法第32条は、税などの負担の増減、土地や建物の価格の変動といった経済事情の変動、あるいは近隣の同種の建物の家賃との比較によって現在の額が不相当になったときに、貸主が増額を請求できると定めています。増額について協議がまとまらない場合、請求を受けた借主は、増額を正当とする裁判が確定するまでは自分が相当と考える額を支払えばよいとされています。
ただし、ここで日本では家賃は上がらないと言い切ってしまうと、今度は別の意味で事実からずれます。新しく部屋を借りるときの募集賃料は市場で決まるので、都市部では上がることがあります。同じ部屋に住み続ける場合と、引っ越して借り直す場合とで事情が違うわけです。
置かれやすい前提
日本の事情
書くときの扱い
賃貸は契約の更新のたびに家賃が上がっていく
住み続けている借主の賃料の増額には法律上の要件があり、借主が同意しなければ協議や裁判に進む
日本の事情を条件つきで示し、賃貸を選ぶ側の理由として使う
持ち家は資産として値上がりしていく
建物の部分は年数とともに評価が下がりやすく、値動きは地域や物件によって差が大きい
値上がりを前提にした主張は避け、ローンの条件によっては返済額を見通しやすいという理由に置き換える
事実の前提が地域で違うとき、書き手にできることは2つあります。1つは、自分の国の事情を範囲つきで示して主張の材料にすること。もう1つは、その前提が自分の理解のまま止まっていないかを確かめることです。10年前に聞いた話をそのまま前提にしていると、日本の状況を説明しているつもりで、いまの日本とも合わない説明をしてしまいます。
05 合わせるものと、合わせなくてよいものはどう分かれるか
ここまでの3つの例を比べると、西洋の常識に合わせるべきかという問いは、実際には別々の5つの話が混ざったものだと分かります。
対象
合わせる必要
理由
意見や立場の中身
合わせなくてよい
Band Descriptors に、意見の中身が読み手の社会の多数派と合っているかを見る観点がない
日本の事情を世界共通の事実として書いた記述
直す
一つの国の状況を無条件に一般化すると、根拠が主張を支えきれなくなる
読み手が知らない制度や慣習
1文で説明を足す
前提が見えないまま結論だけが置かれると、論理が飛んでいるように読める
1語の訳では伝わりにくい日本語(juku、shukatsu など)
説明できる形にする
ローマ字のまま置くと指しているものが伝わらない。cram school のような訳語を当てるか、何を指すのかを短く添える
主張と、それを支える根拠や例のつながりが追える運び方
合わせる
Task Response と Coherence and Cohesion が見ているのは、立場が示され、アイデアが展開され、つながりが追えるかという点
西洋の常識に合わせるという言い方で語られているもののうち、実体があるのは最後の1つだけです。そしてこれは文化の話ではなく、採点基準が見ている書き方の話です。残りの4つは、意見を変えるかどうかではなく、前提をどう示すかという作業に置き換わります。
2番目については、日本で当たり前とされている前提が世界的には当たり前ではない例を、宿題・自由時間・雇用・残業・清掃という話題ごとに扱った記事があります。前提そのものを点検したいときは、あわせて読んでおくとよいでしょう。
ライティング・タスク2
日本の常識は世界の非常識?ライティング・タスク2で「日本基準」のまま書いていないか確認する
06 前提が違うときはどう書けばよいか
作業の順番は3つです。プランニングの段階で理由を1つ決めたら、そのつど次の順に確かめます。
ステップ
すること
確かめること
1
その理由が前提にしている事実を1つ書き出す
「受験があるから」なら「一般選抜では入学がほぼ一度の試験で決まる」。前提が言葉になるまで分解できているか
2
前提を、範囲を示す語つきの1文にして本文に入れる
In Japan、In many East Asian countries のように、どこの話かを示す語が付いているか
3
前提を外したときに、主張がどこまで残るかを見る
残らない場合に、範囲を示す語で限定しているか、その国の事情に依存しない理由をもう1つ足せているか
要になるのは3つ目です。日本の事情だけを、範囲も理由も示さずに置いた主張は、その前提を共有しない読み手にとって確かめようのない話になります。受験の例なら、選抜が短期間に集中すると準備の負荷が一時期に偏るという説明は、制度の形が違う国にも通じる理由です。日本の事情は、その一般的な理由を具体化する例として置けば、根拠としての強さが変わってきます。
範囲を示す語の選び方
範囲の示し方には幅があります。自分がどこまで確かめているかに合わせて選びましょう。
In Japan:自分の国の状況として書くとき。もっとも安全で、具体例として扱いやすい
In some countries:同じ状況の国が他にもあると考えられるが、範囲を特定していないとき
In many countries:複数の国に広く見られると言えるとき。日本の事例だけを根拠にこの形を使わない
迷ったときは狭いほうを選んでおくと、記述が事実として崩れません。範囲を狭く取ったからといって、議論が弱くなるわけではありません。弱くなるのは、支えられない広さの主張を置いたときです。
07 よくある質問
日本の例をエッセイに書いてもよいのですか。
書いて問題ありません。Band Descriptors には、意見の中身が読み手の社会の多数派と合っているかを見る観点がないためです。気をつけるのは、日本の状況を範囲つきで示しているかという点だけです。
大学受験があるからという理由は、採点者に通じないのでしょうか。
通じます。クイーンズランド州のように、大学ごとの一斉試験を中心に選抜しない仕組みでも、選抜そのものは行われています。違うのは、選抜が短期間に集中しているかどうかです。In Japan のように範囲を示し、一般選抜では入学がほぼ一度の試験で決まるという前提を1文で書けば、制度が違う読み手にも筋が追えます。
オーストラリアには大学受験がないと聞きましたが、本当ですか。
大学ごとの入学試験という形ではありませんが、選抜そのものはあります。クイーンズランド州の入学選考機関 QTAC は、最終学年の科目の成績のうち上位5科目から算出される ATAR という順位を示しており、大学や課程は、この順位に調整を加えた選抜順位や科目要件を使って入学者を選びます。
西洋の価値観に合わせて意見を変えたほうがスコアは上がりますか。
意見を変えることでスコアが上がるという関係はありません。Task Response で見られているのは、設問に答えているか、立場が一貫しているか、主張が展開され裏づけられているかという点です。自分が理由を出しやすい立場を選んだほうが、結果として展開しやすくなります。
残業や賃金の話では、どちらの立場で書けばよいですか。
どちらでも構いません。売上が厳しいときに従業員が努力するという見方と、その結果に責任を負うのは経営者だという見方は、事実の正誤ではなく責任をどこに置くかという判断の違いです。片方を当然のこととして置かず、そう考える理由を書けば、どちらの立場でも議論が成立します。
In Japan と書くと、視野が狭いと受け取られませんか。
範囲を示す語を付けることは、視野の狭さではなく記述の正確さの問題です。むしろ、日本の状況を範囲を示さずに書くと、一つの国の事情を世界共通の事実として扱ったことになります。確かめていない広さで主張するほうが、根拠としては弱くなります。
前提の説明を足すと語数が増えてしまいます。
前提の1文は説明ではなく根拠の一部なので、増えた語数は無駄になりません。制度の違いに触れると、その違いが結論にどう効くかという比較が生まれ、判断の材料が1つ増えます。それでも収まらない場合は、理由の数を減らして1つを深く展開する形に切り替えましょう。
08 まとめ
西洋の常識に合わせるべきかという問いは、実際には、意見の中身の話と、前提の示し方の話が混ざったものです。変える必要があるのは後者だけで、しかもそれは文化に合わせる作業ではなく、範囲を示す語を1つ足し、前提を1文で書き、その前提がなくても主張が立つかを確かめるという作業になります。
意見や立場の中身は、読み手の社会の多数派に合わせなくてよい
日本の事情を根拠に使うときは、In Japan のように範囲を示す語を付ける
制度の違いは、あるかないかではなく、どこに集中しているかで説明する
価値観が割れる論点では、自分と違う見方を1文で受けておく
事実の前提は、自分の理解が古くなっていないかを確かめてから使う
その前提を外しても主張が立つかを見て、立たないなら理由をもう1つ足す
次にアイデアを出すときは、書こうとしている理由が何を前提にしているのかを、一度だけ言葉にしてみましょう。前提が見えれば、それを消すのか、範囲を付けて残すのかは、その場で決められます。