受験生の頃は一夜漬けで単語を50個覚えられたのに、今は前日の夕食すら思い出せない。大人になってからIELTSの学習を始めた方なら、多かれ少なかれ心当たりがあるはずです。
この記事では、年齢とともに脳の働きがどう変わるのかを整理したうえで、多くの方が悩む「ライティングのアイデアが出てこない・まとまらない」という問題の正体と対処法を考えます。
01「受験期にできたから」は通用しない
大人になってから英語学習を再開した方がつまずきやすいのは、無意識のうちに受験生時代の自分を基準にしてしまうことです。試験前夜に詰め込んだ単語がそのまま頭に残っていた、何時間机に向かっても集中が切れなかった。そうした記憶があるからこそ、「同じようにやればまた覚えられるはず」と考えてしまいます。
ただ、当時の記憶力や集中力は、いわば人生のピークタイムだったといってもいいでしょう。新しい情報を一時的に保持しながら処理する力(ワーキングメモリ)や処理速度は、10代後半から20代にかけてピークを迎えるというのが認知科学の定説です。つまり「あの頃はできたのに今はできない」のはごく自然なことで、意志の弱さや努力不足の問題ではありません。
まずは、この「あの頃の自分」という前提を一度手放してみましょう。当時と同じ土俵で戦う学習法、たとえば気合いで大量に丸暗記するようなやり方をそのまま持ち込むと、成果が出ないうえに自信まで削られてしまいます。大人には大人の戦い方があります。その中身を順番に見ていきましょう。
02衰える力と伸びる力がある
「脳は歳とともに衰える」と一括りに言われがちですが、実態はもう少し複雑です。認知科学では、知能を大きく2つに分けて考えます。
一つは流動性知能(fluid intelligence)と呼ばれるもので、新しい情報を処理し、初めての状況に適応する力です。ワーキングメモリや処理速度もここに含まれます。この流動性知能は、20代後半から30代にかけてゆるやかに低下し始めるとされています。
もう一つが結晶性知能(crystallized intelligence)です。語彙力、知識の蓄積、経験に基づく判断力がこちらに当たります。意外に思われるかもしれませんが、結晶性知能は年齢とともにむしろ伸びていきます。
| 流動性知能 | 結晶性知能 |
| 中身 | 新しい情報の処理、初めての状況への適応 | 語彙、知識の蓄積、経験に基づく判断 |
| 年齢との関係 | 20代後半〜30代からゆるやかに低下し始めるとされる | 年齢とともに伸びていく |
| エッセイでの現れ方 | その場でアイデアを組み立てるスピード | 使える語彙や構文、トピックに関する背景知識 |
ひとことで言えば、「柔らかさ」は落ちるが「深さ」は上がる、ということです。新しい情報への反応速度では若い頃に及ばなくても、既存の知識をどう組み合わせるかという力は積み上がり続けます。
これをIELTSに引きつけて考えると、大人の学習者は不利な面ばかりではないことが分かります。ライティング・タスク2で説得力のあるエッセイを支えるのは、社会人としての経験や背景知識、つまり結晶性知能の側だからです。教育、労働、環境といった定番トピックについて、実感を伴った具体例を出せるのは、むしろ大人の強みと言えます。
03科学的根拠が比較的強い対処法
脳の老化対策と呼ばれるものは世の中にあふれていますが、研究の蓄積が比較的厚いのは次の2つです。
- 有酸素運動:ウォーキングやジョギングなどの習慣が認知機能の維持に寄与することを示す研究が多くあります
- 睡眠の質:記憶の定着は睡眠中に進むため、睡眠を削った学習はそもそも効率が上がりません
どちらも英語学習とは直接関係がないように見えますが、学習時間を30分増やすより、睡眠を30分増やすほうが結果的に定着がよくなる、ということは十分あり得ます。
もう一つ押さえておきたいのは、新しいことを学び続けること自体が老化への対策になる、という点です。使い続けている神経回路は衰えにくいことが知られています。IELTSの学習は、それ自体が脳のトレーニングでもあるわけです。
そして実務的に効果が大きいのが、脳内ですべて覚えようとせず、外部記憶に頼る設計に切り替えることです。覚えるべき単語はリストやアプリに任せる、思いついたことはすぐメモに書き出す。そうやってワーキングメモリの負担を減らせば、限りある「その場で考える力」を、考えることそのものに使えるようになります。
04アイデアが出ないのは記憶力のせいではない
ここからが本題です。大人の学習者からよく聞く悩みに、「ライティング・タスク2でアイデアが出てこない」というものがあります。トピックを読んでも賛成の理由が一つしか浮かばない、具体例を考えているうちに時間が過ぎてしまう、という状態です。
これを「記憶力が落ちたから」と解釈している方が多いのですが、実態はむしろ発散的思考(divergent thinking)の低下と関連づけて考えるほうが近いと言えます。発散的思考とは、一つのお題から多方向にアイデアを広げていく力のことです。
若い頃は、突拍子もない発想がポンポン出てきたはずです。ところが歳を重ねると、「筋の良い」発想しか出さなくなる傾向があります。経験を積んだぶん、「これは現実的ではない」「これは的外れだ」という判断が速くなり、アイデアが形になる前に自分で却下してしまうのです。いわば経験による自己検閲です。
とはいえ、発想力そのものが消えたわけではありません。出す前に自分で止めているだけなら、止め方を変えれば取り戻せます。ただし、発散させること自体が目的になってしまうと、今度はアイデアが広がりすぎてまとまらなくなります。ライティング・タスク2で必要なのは無数のアイデアではなく、説得力のある2〜3個の理由です。次のセクションでは、発散と収束をセットで考える具体的な方法を見ていきます。
05アイデアを絞り込む3つの工夫
実際に指導していて多い相談は、アイデアが一つも浮かばないというより、思いついたアイデアがあちこちに広がってしまい、どれか一つに絞り込めないというものです。プランニングの段階で3つも4つも候補が出ているのに、どれも中途半端なまま時間切れになり、結局ボディ1・ボディ2が浅い内容になってしまいます。ここでは、出したアイデアを絞り込むための3つの工夫を紹介します。
工夫1:選ぶ基準を先に決めておく
アイデアが散らばる大きな原因は、何を基準に選べばよいかが決まっていないことです。書き出す前に、「トピックの表現と直接つながっているか」「具体例を添えて3〜4文で説明できるか」という2つの基準を決めておきます。候補が出そろったら、この基準に一つずつ当てはめ、どちらか一方でも満たさないものは、どれだけ面白そうでも外します。
基準を先に決めておくと、「面白いから」「なんとなく」で選んでしまうことがなくなり、選ぶ作業に迷う時間そのものが減ります。
ライティング・タスク2
プランニングの基本
工夫2:出す数に上限を決める
候補が広がりすぎる方には、逆に制約が効きます。ブレインストーミングの時間を2分、出す候補は最大4つまでと決めておき、それ以上は書き出さないようにします。上限を決めておくと、思いついた端から書き出すのではなく、「これは本当に使えそうか」を考えながら候補を絞る癖がつきます。
反対に、アイデアが一つも浮かばずに手が止まってしまう方には、この上限を外し、質を問わずにとにかく書き出す時間を先に作るほうが向いています。同じ制約でも、広がりすぎる方には量の上限として、浮かばない方には評価を後回しにする許可として働く、という違いがあります。
工夫3:一つを深く掘り下げる練習をする
候補を絞り込めたら、そのうち1つだけを選び、理由・具体例・想定される反論への応答という3つの角度から掘り下げる練習をします。複数のアイデアを浅く並べる書き方に慣れていると、1つのアイデアを深く展開する感覚がつかみにくいものです。
この練習を繰り返すと、本番のエッセイでも「広く浅く」ではなく「絞って深く」書く感覚が身についてきます。練習素材を探すときは、トピック別に問題を検索できるツールが便利です。
IELTS学習アプリ
タスク検索
ライティング・タスク2の問題をトピック別に検索できます。絞り込みの練習素材探しにどうぞ。
06まとめ
この記事のポイントを整理します。
- 受験期の記憶力や集中力は人生のピークタイム。当時の自分と比べて落ち込む必要はない
- 流動性知能は落ちても、語彙・知識・判断力といった結晶性知能は年齢とともに伸びる
- 有酸素運動と睡眠の質は、科学的根拠が比較的強い対策。外部記憶に頼る設計も有効
- アイデアが出ない・まとまらないのは記憶力ではなく発散的思考の問題。基準を決める、出す数に上限を決める、一つを深く掘り下げることで対処できる
脳の変化は誰にでも起こることですが、変化の中身を知っていれば、打つ手はいくらでもあります。若い頃と同じやり方に固執するのではなく、伸びている力を活かす方向に学習を設計し直す。大人には大人の戦い方があります。